2005.12

行く年来る年
2005.12.31 [SAT.]
2005年も残すところあとわずかです。今日は部屋の大掃除をしようかと思いつつも、めんどくさくなって断念しました。
そのかわりノンビリと紅白歌合戦を見て(今年は全部みてしまいました・・。)行く年来る年を見て、ニューイアーコンサート(?)を見て年明けを迎えました。
そのまま即就寝です。
今年はフリーとして色々とあった年でした。色々がんばったし、後半は色々悩んで疲れました。
でも大きな1年だったし、良い1年だったと思います。
来年も良い年でありますように。



大掃除
2005.12.30 [FRI.]
今日は中野のおばあちゃんの家に大掃除に行きました。
夕べは岳の家に泊めてもらっていたので、青梅街道で家族に車で拾ってもらいました。
昨日がモトクロスだったからかなり体がだるいです・・。
のんびり大掃除を終わらせて、中野坂上にある吉崎家がよく行くお寿司屋さんに行きました。大トロうまいです。
ここのお寿司は本当にいつもおいしいなぁ。



年末クロス
2005.12.29 [THU.]
やってきちゃいました、モトクロス!めちゃんこ寒いです。。人が多いです、しかも結構本気にうまい人ばっか・・。
走り出す前に準備をしていたらちょっとしたハプニングがありました。昨日岳が買ったオフロードブーツが左右でサイズが違うのです。これには困ってしまって、バイク屋にクレームの電話をして、今日はこのまま使用してしまうけど後日無償で交換させることを約束させて、岳と創が左右互い違いのブーツを履いて準備完了となりました。
前回のモトクロスでは僕が剥離骨折という事故を起こしていたので今回はみんな慎重に走っていましたが、後半で岳を挑発して擬似レース(?)をしました。
かなりヒートアップしたものの、先行していた自分の体力と精神力が負けて岳に勝ちをゆずってしまいました。。だせー、俺。
しかし何周かするうちに負けたくないという気持ちが強くなり少しづつスロットルを開けて行きましたが、お互いがバテる頃までには追いつきませんでした。
あー、くやしーーー。
ちなみに創君はマイペースで走っていましたが、いつの間にか上達していて前半の3人で走っているときはしっかり一緒に走っていました。後半はバテてはいた様子でしたが、うまい具合にジャンプしだしたり、スロットルを開けてました。
が、コケて後続車の女性ライダーにヒザをひかれていました。笑
結局今回は創のヒザがパンパンに腫れて、モトクロスタイヤの山型についたアザがおもしろ事故でした。
夜は中田家に泊めさせてもらって今日の反省会をしました。今回はビデオカメラの調子が悪くてちゃんと録画されてなかったのが残念です。



Third-ear 忘年会
2005.12.28 [WED.]
今日は岳の車でライコランドという家のそばのバイク用品展に行きました。明日は久々のモトクロスなので何か良いモトクロス用品がないかなと思って立ち寄ってみたのですが、SALE品でガエルネのモトクロスブーツがあったので、これは岳が買いました。
俺も買っておけばよかったかな・・。
その後岳の家の車で恵比寿に向かい、オフィスシェアしているThird-earの忘年会に顔をだしました。ヤスもちょい合流して、楽しい夜になりました。
飛び入りで30分くらいDJもしました。ナンパなHOUSEとかガンガンかけて一人ノリノリです。楽しかったー。
夜は創を回収して明日のモトクロスに備えて中田家に泊めさせてもらいました。
明日がたのしみです。.



大掃除
2005.12.27 [TUE.]
今日はオフィスの大掃除をしました。自分達の所だけでなく、シェアしているThird-earさんと共同でオフィス全体を掃除しました。
僕らはエントランスの階段をメインに洗剤でゴシゴシ、水でバシャバシャとキレイにしました。
今年の汚れもこれでキレイすっきりです。



仕事納め
2005.12.26 [MON.]
今日は仕事納め(?)でした。今日で今年の仕事は終わりです。
いっぱい働いて、いっぱい遊んだ1年だったなぁ。



CHRISTMAS.
2005.12.25 [SUN.]
メリークリスマス。です。



カレッタ汐留
2005.12.24 [SAT.]
今日は彼女とカレッタ汐留に夕飯を食べに行きました。
こんなに景色が良いところでご飯を食べるのは久々です。なかなか親と一緒じゃないと来ないですね。
ごはんもおいしくて満足でした。
外は極寒です・・・。さみぃぃぃぃーーーーー。



Working.
2005.12.23 [FRI.]
Working.



diego cafe presents [ colors X'MAS ] vol.2 -WHITE&BLUE-
2005.12.22 [THU.]
今日は渋谷にあるdiegoというカフェのパーティーでした。
24日がヤスの誕生日なので、シークレットでdiegoのスタッフの女の子と事前打ち合わせをしてヤスの誕生日祝いをしました。
テレながらも嬉しそうなヤスでした。しかもカフェの女の子が特大のケーキを用意してくれて、ヤスのイメージアイコンであるメガネのクッキーがついていました。
ちょっと早いけど今年も誕生日おめでとうー。
イベントの方もまぁまぁ盛り上がって楽しかったです。ついにデジタルDJになるべくTRAKTORを導入したヤスですが、ピッチが合わなかったりガタガタでした。どうしたっ!?ヤス!?
どうも緊張してしまったらしいです。
岳、ウィグチ、オカちゃんなどなど友達もいっぱい遊びに来てくれました。
みんなありがとうー。



Working.
2005.12.21 [WED.]
Working.



Working.
2005.12.20 [TUE.]
Working.



帰国
2005.12.19 [MON.]
帰国しました。日本、寒い・・。

今回の旅行は遺跡巡りはとにかく素敵でした。ただ、シェムリアップは観光客用に進化したような街になっていて、どこに行ってもみんな日本人や観光客に親切で日本語や英語が簡単に通じましたが、どこか経済的に占領した土地、国という気がしてしまって少し複雑な気持ちでした。
こんなことを気にしていては日本では生活ができなくなってしまうし、彼らは彼らの生活があり僕は日本での生活があるから意味はないかもしれませんが、日本や先進国が豊かになっていった反面、こういう国にそのしわ寄せが来ている気がしてなりませんでした。

僕らは気軽に旅行もできるし、通勤のためのバイクではなく趣味でバイクを持っているし、その辺を歩いていて奥さんが地雷で死ぬこともありません。それは平和で豊かである証拠なのかもしれません。それでもなお、日本人はセレブな暮らしが云々と言っています。カンボジアのような国に同調しろとは言わないし、そうする必要もないと思いますが、彼らを目の前にしたときに僕は、私はセレブでありたい、良い暮らしをしているのだと言い張ることができるのでしょうか。

そんな事を思いつつも、カンボジアで見た人々の笑顔は本物の笑顔だったし、彼らはそんな貧富の差を感じてはいないであろうくらい活気にあふれ、元気でフレンドリーな人達ばかりでした。精神的な豊かさと、経済的な豊かさというのはバランスを保つことが難しいのかもしれないのかな、というのが今回の旅行での一番の印象になりました。

しかし日本は寒い・・。




Cambodia Day4
2005.12.18 [SUN.]
今日はツアーはなく、各自自由行動の日です。
今日はホテルの前にいつも客待ちをしているトゥクトゥクというバイクにリアカーを付けたタクシーのようなもののドライバーと交渉して今日1日、観光めぐりのドライバーを努めてもらうことにして、家族で街のマーケットなど現地人が集まるようなところを巡りました。もちろん観光客用のマーケットはあるのですが、どこも同じものばかり置いてある上にキレイすぎて外国人のお客さんしかいないので、これではカンボジアを知ることができないということで現地の人が食材や家材を買い出しに行くようなマーケットをウロウロしました。

シェムリアップのマーケットでは食材売り場が特に印象的で、屋台や路上販売に近いような状態で野菜や魚が売られていました。どこもお店とお店の境がわからない感じで、人が多くてにぎわっていました。やはり臭いは強烈で何のにおいなのか分からない臭いがしていたりしました。

一通りマーケットをめぐった後はトゥクトゥクのドライバーさんもさそって昼食をとり、ドライバーさんがお勧めする戦争博物館という所に向かいました。
戦争博物館というのでカンボジアの内戦の歴史などを当時の遺物やキャプションにより学べる施設かと思っていたのですが、トゥクトゥクの向かう先はどんどん人里離れた田舎道を進んで行き、着いた先は博物館らしき建物もない施設でした。
どうやら戦争博物館という名前をつけつつ、カンボジアの内戦で残った兵器を拾い集めて展示して入館料を取ろうという施設のようです。入ってみると施設のガイドさんが簡単な英語で中を案内してくれるのですが、キャプションも何もなくただ大破してさびた戦車や大砲、重火器や小銃などが置かれているだけでした。

でもこのガイドさんそのものが歴史そのものという感じで本人が体験したカンボジアの内戦を話してくれました。
彼は13才の時にポルポト派に自分以外の家族全員を殺され、着る物も食べる物もなく困り果てたあげく13才という若さで軍隊に入隊したそうです。彼はその戦争で3回の銃弾を喰らい、今までの人生で6回もの地雷の被害に遭っているそうです。彼の体には銃弾の痕が残っていて腕やあちらこちらに地雷から飛散した鉄の固まりが生々しく残っていました。ちょっと歩き方が変だなと思っていたのですが、それは片足が義足のせいでした。

カンボジアの地雷の問題は世界的に有名で僕もそのことは知ってはいましたが、彼の話で僕らが先日おとずれたアンコールワットなどの寺院から少し離れた森の中を含め、カンボジアには300万個もの地雷が未だに残っているということ、彼の奥さんは2年前の2003年にアンコールトムという遺跡から少し離れたところで地雷を踏んでしまい、爆発から1時間ほど苦しんだのちに命を落としてしまったという話や、今も地雷の被害に遭っている人々の写真などを見せられこの国の悲惨さを思い知らされました。

恨むべきはポルポトであり、内戦を恨むしかありません。内戦中であればまだ怒りをぶつけるべき対象がいて、どんな形であれ自分の怒りを納得させることができるかもしれません。しかしカンボジアは92年に平和が訪れ、今は軍隊が街に常駐することなく平和な国家が築かれている時代です。そんな時代に無意味に命を落としたもの、大切な人の命を奪われた人の怒りはどこにぶつけたらよいのでしょうか。
彼の悲惨な話になんの言葉も出ませんでした。

戦争博物館での話は家族にも衝撃的だったようで、帰りの飛行機までちょっとみんな疲れた様子でもの静かでした。
これでカンボジア旅行は終わりです。色々な意味で良い旅行だったと思います。




Cambodia Day3
2005.12.17 [SAT.]
昨日の風邪(?)はだいぶ落ち着きましたがまだ気分が悪いです。。
今日はバイヨン寺院など、昨日とは別の遺跡巡りをしました。
今日訪れた遺跡は遺跡を崩し、遺跡に這うように伸びた木々が有名なところで、現実感のない空間が広がっていました。神とかそういうものに対する畏怖とかその存在は感じませんでしたが、生命、地球の歴史が誰の手にも改ざんされることなく保存され今もその成長を刻々と刻みつづけている時間の流れを大きく感じました。
寺院を後にすると必ず観光客目当ての物売りの小さな子供達が寄ってきてすごい勢いでコレを買ってくれと迫ってきます。
そのけなげさがかわいくて思わず買ってしまいそうになるのですが、ほしいものがないのであまり買いませんでした。中にはほしいものを売っている子供もいたので交渉して安くしてもらったり、数を増やしてもらったりして色々と買い込みました。
この国では食べ物、飲み物以外のお土産物などは単価や定価が不明で同じ物が高く売られていたり、ものすごく安く売られたりしていて購入の際は必ずディスカウントの交渉をするのが基本だそうです。

カンボジアにはもちろん学校もあるので学校に通っている子供の姿も多く見られましたが、この物売りの子供達は学校に行ってないのだろうか??もしくは日本と違い学校は毎日ではない?など色々なことを考えてしまいます。可能性としては貧しいゆえに学校に行ってないということも考えられます。
まぁ、なんにせよみんな明るくて元気なのが印象的でした。

夜は1日目に立ち寄ったレストランにまた行きました。今日は母が風邪(?)でダウンしているので父と弟の3人で食べに行きました。
このレストランではウェイターの男の子と仲良くなり、彼の生活の話などを聞きました。
彼は22才(だっけかな)で家が5マイル離れたところにあり、毎日このレストランを歩いて通っているそうです。カンボジアではバイクが主な交通手段になっていて、誰でもバイクを持っているという感じなのですが、彼は家が貧しくバイクはほしいけどとうてい買えそうにないらしいです。でも英語をがんばって勉強したおかげでこのレストランの仕事があり、少し安心した暮らしができているそうです。が、朝が早くて夜が遅いので眠いと目をこすっていました。




Cambodia Day2
2005.12.16 [FRI.]
今日からアンコールワットなどの遺跡巡りの観光です。今回はツアー旅行なので現地ガイドさんにくっついてバスで移動しながらの観光になります。シェムリアップの街は道路など少しコンクリートで舗装されていますが、基本的には道は赤土になっていてすごい砂埃でした。
今日はアンコールワットをはじめ、アンコールトムやバクオン寺院など色々な遺跡をめぐりました。
やっぱり一番見たかったのはアンコールワットだったのですが、昨日の料理が体に合ってなかったのか飛行機が寒かったせいで風邪をひいたのか、熱と吐き気、下痢になってしまって遺跡を集中してみることができませんでした。。この本番に弱い体をどうにかしたいです。
それでも遺跡のインパクトはすごくて、こんなものが古代に作られて、ここに文明があり、人々が住んでいたというのが信じられません。
寺院にはだいたい回廊という寺院をとりまく城壁のような通路があって一番外側になる第一回廊の壁にレリーフがあり、宗教の歴史などが刻まれていました。
ただ、寺院にある仏像(?)のほとんどは古代の宗教戦争で破壊されたり、90年代のカンボジアの内戦で破壊されたり強奪されたりと、悲惨な状況でした。
現在はフランス政府などが修復作業に着工していますが、僕は修復はせずに歴史を刻んだ形そのままの状態を保持したほうが良いのではないかと思いました。
今日の風邪だかの原因不明の病のため昼頃に飲んだ胃薬や風邪薬が逆効果で胃を痛めたのか夜に大量に嘔吐してしまいました。
うげげ・・。せっかくの旅行なのに・・。



Cambodia Day1
2005.12.15 [THU.]
今日から家族でカンボジアに行って来ます。去年は家族で香港(台湾だっけかな?)に行く予定だったのですが、僕は仕事のため行けず僕以外の家族3人は旅行に行ったのですが、今年は時間の都合をつけて一家そろって旅行に行けます。
早朝のフライトなのでがんばって早起きして成田へ向かいました。飛行機は何の問題もなく定刻通りのフライトになりました。
途中ベトナムのホーチミンでトランスファーをして7時間くらいかかってやっとこカンボジアに着きました。
カンボジアは暖かいです。一応冬という季節らしいのですが、気温は日中は30℃前後、夜は20℃前後らしいです。
今回観光するのはアンコールワットなどの遺跡群のあるシェムリアップという街で、基本的には観光地なので外国人が多いです。
今日は到着が夕方なのでホテルに着き次第自由行動で1日目は終了です。
ホテルに着いてからはとりあえず現地人が食べているものを食べたい!という全員一致の意見でタクシー(タクシーというものはないので白タク)を手配して観光人用のレンストランには行かず、現地人が好んで行くというレストランに行きました。
濃い味のアジア料理という感じでとてもおいしいです。基本的にはタイ料理みたいな感じですが、タイ料理よりもちょっと濃いめな感じです。
現地の味とアンコールビールというカンボジアのビールを楽しんでホテルに戻りました。



DASENKA
2005.12.14 [WED.]
今日は六本木ヒルズにあるIDEEカフェでDASENKA(ダーシェンカ)というキャラクターのレセプションパーティーがありました。
DASENKAはOLCライツ・エンタテインメントさんが手がける「犬との生活」をテーマにしたキャラクターで、岳と僕でアニメーション作品の計6話を制作しました。
DASENKAとはキャラクターである子犬の名前で、作品の中にも登場してくるチェコの作家のカレル・チャペックさんという人が書いているDASENKAという本の主人公になります。原作に忠実に脚本を書き直し、イラストレーターのJIROさんがイラストを書き下ろして僕たちでアニメーション化しました。ナレーション・声の役者さんは放送作家やラジオでも有名な小山薫堂さんです。
今日のパーティーには大勢の色々な方がいらっしゃっていて、この企画も大きくなっていきそうです。
みなさま、ほんとうにお疲れさまでした。今後ともよろしくお願いします。と思いながら映像のオペレーションをしていました。
ちょっと飲み過ぎて酔っぱらっちゃいました。。



Working.
2005.12.13 [TUE.]
Working.



Working.
2005.12.12 [MON.]
Working.



IDEE cafe.
2005.12.11 [SUN.]
14日にあるあるパーティーに向け、六本木ヒルズのIDEEカフェで現場調査と下準備を夜中にしました。



●★5
2005.12.10 [SAT.]
今日はもう5回目になるという我らがマルボシ主催、MARUBOSHI NIGHT5のミーティングという名の忘年会をしました。
メンバーのレイちゃんがあいにく参加できませんでしたが、廉君、ヤス、僕のマルボシメンバーに加え、DJ、VJ陣のメンツにも参加してもらって飲みました。
結局、●★5については何も話さなかった気が・・。



Working.
2005.12.09 [FRI.]
Working.



モツ鍋
2005.12.08 [THU.]
今日はWATTさん率いるゲノムエンターテイメントのみなさまとVJで仲良くなったSAMURAIのツヨシ君とモツ鍋をたべました。
このモツ鍋うめーーーーーーー。要予約らしいです。
食後にダーツもしたし、色々話もできて楽しかったです。



Working.
2005.12.07 [WED.]
Working.



Working.
2005.12.06 [TUE.]
Working.



Working.
2005.12.05 [MON.]
Working.



大学ラーメン
2005.12.04 [SUN.]
今日は家族で大学ラーメンという豚骨ラーメンを食べにいきました。今年の夏くらいまでは家から近いところにあったのですが、東大和に移転してしまい家から遠くなったあげく、道に迷いました。
スープの残りがギリギリのところでしたが何とか家族全員食べることができました。
やっぱここの豚骨ラーメンはしっかり味がついていておいしいなぁ。



WELCOMEBACK BROTHER
2005.12.03 [SAT.]
今日はニュージーランドに留学している弟が帰ってくるので空港まで迎えに行きました。
飛行機が少し遅れて到着して1時間くらい到着ロビーで待ちました。出てきた弟にビックリしました。顔がちょっと変ってて、背も大きくなっていました。あれ?越された??
しかし小さい家族だなぁ・・。
弟をお迎えしてからはそのまま車でお茶の水の楽器屋さんに行きました。新しいギターがほしいらしいです。
僕は途中で家族と別れて、夜はレイちゃんと彼女の3人で鍋をたべました。鍋おいしいです。



Working.
2005.12.02 [FRI.]
Working.



Working.
2005.12.01 [THU.]
Working.